平昌パラリンピック

村岡桃佳 足の病気と支えた父母と家族構成は?経歴や出身高校を調査

2018/03/15

連日メダルラッシュに湧く平昌パラリンピックですが、一人でメダルを量産している選手がいますね。そう、チェアスキーで出場中の村岡桃佳選手です。

念願の金メダル獲得おめでとうございます!

チェアスキーという、スキーのようなソリのような器具の上に座って滑る競技ですが、滑走時のスピードは時速100キロを越えるそう。恐ろしくないんでしょうか?管理人はムリです(汗)

ついに4枚のメダルを獲得したばかりでなく、金・銀・銅三色コンプリートまで成し遂げた村岡桃佳について調査しました。

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村岡桃佳の経歴や出身高校は?

まずはプロフィールから。

名前:村岡桃佳(むらおか ももか)

生年月日:1997年3月3日(21歳・2018年3月現在)

出身地:埼玉県深谷市

身長:150cm

体重:37kg

愛称:ももちゃん、ももち

所属:早稲田大学

誕生日が桃の節句なので桃佳って名前なんですね。素敵です。

身長が低いのにもびっくりですが、それより驚いたのは体重。軽いですね~。管理人の半分以下ですよ。まあ、私の場合はお腹の贅肉が大きなウエイトを占めてるんですけどね。。ははは。

17歳の時にソチパラリンピックに出場し、大回転で5位入賞を果たしました。スーパー大回転ではまさかの旗門不通過で失格。悔しさをバネにさらに練習を続けます。

2017年の国際パラリンピック委員会ワールドカップ韓国大会のスーパー大回転で2位、白馬村大会で優勝を果たします。

学校は深谷市立川本北小学校、深谷市立川本中学校、高校は正智深谷高等学校出身です。

現在は早稲田大学に進学し学部はスポーツ科学部です。トップアスリート入試に障害者として初めて合格するなど注目を集めました。

村岡桃佳の足の病気とは?

チェアスキーという競技選手である村岡桃佳選手ですが、下半身麻痺となった直接の原因は4歳の時に原因不明の横断性脊髄炎にかかったことだそうです。

病気になったときのことは村岡桃佳選手も鮮明に覚えいているそうで、スーパーの帰りに急に足が重くなり、結局は側にいたお兄さんにおぶってもらって帰宅。そのまま車椅子生活になったそうです。

それまでは外遊びが大好きだった村岡桃佳選手でしたが、周囲に気を使われるのが嫌で引きこもりがちとなったそうです。

ある日突然歩けなくなる恐怖と絶望は、きっと経験した人でないとわからないんでしょうね。

でも、村岡桃佳選手には常に寄り添ってくれる人がいました。それは村岡桃佳選手のお父さん、お母さん、そして家族です。

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村岡桃佳の父母と家族構成は?

村岡桃佳選手をこれまで支えてきたお父さんの名前は村岡秀樹さん。1969年4月5日生まれの48歳。お仕事は自営業の水道関係のお仕事です。

村岡桃佳選手が車椅子生活になった頃から、娘と同じように車椅子に乗ってスポーツ大会に参加するようになったそうです。

そして中学2年生の時に村岡桃佳選手がアルペンスキーを本格的に始めた後は、コーチもいなかったことからお父さんが練習にずっと付き添っていたそうです。

お父さんはスキー競技の経験はなく趣味やる程度だったため、指導にしても親子で手探りでやるしかなく、それはとても大変だったそうです。ソチパラ五輪で5位入賞した時は、嬉しさより苦労したことがこみ上げてきたと回想しておられます。

そしてお母さんも村岡桃佳選手を支えて来ました。お名前は村岡操さん。現在46歳。

大会ではゴール近くで大きな声を出して応援する姿が印象的でした。

早稲田大学のバリアフリー化の工事の際にはわざわざ深谷から出向いて車椅子を実際に動かしながら動線のチェックをされたそうです。

村岡桃佳選手の家族構成は、前述した父親と母親の他に兄、姉、妹がいるそうです。しかし、お名前をはじめパーソナルデータは分かりませんでした。ご家族は6人家族ということですね。

以上、平昌パラリンピックでメダルを量産した村岡桃佳選手について調べてみました。

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